一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所の定義に関する声明を深掘りする

2025年6月30日に発表された、一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所(代表理事 守屋智敬氏)の以下の声明について、論じたいと思います。

「アンコンシャスバイアス」の定義について | 一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所

各論点には、番号を振っています。


(1)「無意識に思い込む」という言葉

アンコンシャスバイアスとは、何かを見たり、聞いたり、感じたりしたとき等に、無意識に“こうだ”と思い込むこと

→ 彼らは、上記定義を「社会心理学、認知心理学における様々な先行研究を参考に」したと述べています。しかし、「無意識」と「思い込み」と重ねる事は語義として違和感があります。「無意識」も「思い込み」も当人には意識されないという前提を含むからです。この曖昧な語義は、分からないようで分かった気にさせるものです。心理学の用語をこの様に俗語的に表現した事は、勘違いをした多くの研修業者やコンサルタントの台頭を許したと考えます。


(2)アンコンシャスバイアスの定義は、統一されていないのか

「Stormら(2023)は、HRM(Human Resource Management)分野のアンコンシャスバイアスに関する391本の論文の分析をもとに、「大部分の研究において、Unconscious Biasという概念が明確に定義されていない。これは、Unconscious Biasの定義に関する共通の理解があることが、当然の前提とされていることを示している。しかし実際には、そのような共通の理解は存在しないようにみえる。」(p.6)と述べています。つまり、アンコンシャスバイアスの定義は必ずしも統一されていない現状にあります。」

→ Stormら(2023)は同時に、「とはいえ、検討対象とした研究の大半では、「無意識」と「潜在的」という用語の間に明確な区別は見られません。これらの用語はしばしば同義語として、深く考えることなく用いられたり、一方の用語がもう一方の用語を定義するために用いられたりしています。」(Google翻訳。「暗黙(implicit)」を「潜在的」にブログ著者が変更。)と述べています。つまり、多くの研究者は「無意識」と「潜在的」を概念的に同様のものであると捉えていた可能性が高いと考えるのが妥当です。Stormら(2023)の論文は問題提起を意図してはいますが、学術的な主流も自ずと述べられているのです。

当ブログでは、この研究の発祥地であり発展の中心地でもあるアメリカ心理学会のデータベースで、用語としての使用頻度を調べています。その使われ方や歴史的経緯なども紹介しているので、是非こちらの記事もご覧ください。

アメリカ心理学会のデータベースで調べてみた


(3)Implicit bias(潜在的バイアス)は、「差別的なバイアス」なのか

「アンコンシャスバイアスの定義に関する解釈や議論のなかで登場する概念のひとつに、「Implicit Bias(インプリシットバイアス:潜在的バイアス)」があります。Implicit Biasは、GreenwaldとBanaji(1995)による理論が基盤となっている概念であり、GreenwaldとKrieger(2006)では「潜在的な態度やステレオタイプ(特定の社会集団への固定観念等)に基づく差別的なバイアス」(p.951)と定義づけられています。」

→ 「差別的なバイアス」と訳されていますが、原文では "discriminatory biases"と書かれています。Discriminatoryとは、Merriam-Webster dictionary によれば、以下の定義になります。


1. discriminative sense 1 
2. applying or favoring discrimination in treatment

1.の discriminative sense 1 とは、以下の様に「区別する」という意味です。


2. のdiscriminationとは、以下の様に心理学では「心理学:ある面で異なる2つの刺激に対して異なる反応を示すプロセス」という意味です。


以上のように、discriminatoryを、日本語で否定的な意味で使われる事が多い「差別」と訳す事は不適切です。一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所は、上記の1.aの定義を用いてしまっています。


(4)「Conscious/Unconscious」と「Explicit/Implicit」の2軸による整理とは?

「Stormら(2023)は、「検討された研究の大半では、“Unconscious”と“Implicit”という用語が混同される傾向にある。」(p.7)と述べています。またStormら(2023)は、「Unconsciousという言葉は「意識的な思考(thought)、感覚(sensation)、または感情(feeling)を伴わない」ことを意味し、すなわちその行為が意図的ではなく、「意識されていない」ということを指す。一方で、Implicit(潜在的)という言葉は、直接表出されないが暗黙のうちに示されていることを指し、むしろ表出の形式に関するものである。つまり、少なくとも理論上は、Conscious(意識)/Unconscious(無意識)、Explicit(顕在的)/Implicit(潜在的)の組み合わせでバイアスを表現することが可能なはずである。」(p.7)と述べています。」

→ Stormら(2023)がその引用で以下に示すように、unconscious と implicit を定義を別々の辞書で取り上げている事は不自然だと感じます。


彼らが何故 unconscious に Merriam-Webster の辞書を、implicit に Cambridge の辞書を使ったのか、考察する必要があります。

2022年5月30日という彼らの調査時点での辞書の内容は、魚拓サイト(例:Wayback Machine)で確認可能です。

Merriam-Webster の辞書には、unconscious は以下のように「意識的に保持されたり、意図的に計画または実行されたりしていない」となっています(2022/5/5版。今現在2025/7/24と同じ内容)。それは3. の定義であり、unconscious bias が例として紹介されているのが確認できます。



そして、implicit は以下の様に「存在しているが、意識的に保持または認識されていない」とされています(2022/5/18版。今現在2025/7/24と同じ内容)。それは1.b の定義であり、 implicit bias へのリンクが貼られているのが確認できます。


Merriam-Webster の辞書では、implicit bias という文脈における implicit の定義は、Stormら(2023)が言うような「Implicit(潜在的)という言葉は、直接表出されないが暗黙のうちに示されていることを指し、むしろ表出の形式に関するものである」、つまり日本でいえば「暗黙の了解」や「暗黙裡」といった使い方での「暗黙」であるものとは、異なっているのです。

一方で、Cambridge の辞書には、unconscious (2020/11/11版。今現在2025/7/24と同じ内容) と implicit (2022/1/19版。2023/11/3版には、潜在的バイアスに関する定義( 注記1) が追加され今現在2025/7/24と同じ内容になっている) は以下のように定義されています。




Cambridgeの辞書では unconscious bias や implicit bias には触れられておらず、心理学用語を意識したものではなく一般用語の説明になっていると考えられます(注釈1参照)。そのため、Stormら(2023)がこちらをimplicit の定義として採用しながら Conscious/Unconscious と Explicit/Implicit の2軸による分類を試みた事は、既存の研究を一般用語で新たに整理しようとする事であり、より混乱をもたらすものだと思われます。

ちなみに、潜在的バイアスの提唱者である Banaji と Greenwald (2017)は既にこれら用語の使い方の問題に対する解を提示しています。 ご参考:潜在(Implicit)という用語:本当は併記しない方が良い! しかしその論文は American Psychologist  に発表されたため、 Stormら (2023) の調査した論文誌には入っていなかったようです(とは言え、Mook, D. G. (1983) の 同論文誌に発表された論文は引用されてはいます)。


(5)「社会によってバイアスとされることに気づいている、気づいていない」は、「意識、無意識」に分類されるのか


「バイアスが内省によって認識される、されないにかかわらず、それがバイアスであると気づいていないことを「Unconscious」としています。その点から、アンコンシャスバイアス研究所では、【第3象限】と【第4象限】をアンコンシャスバイアスとして捉えています。」

→ まず、この表で「バイアスが内省によって認識される」事を Explicit(顕在的)と記す事は不適切だと考えます。Explicit biasとは質問やチェックシート等に人が直接的に表明するもの、implicit biasとはIAT等で間接的に測定されるものに対する用語です(ご参考:潜在(Implicit)という用語:本当は併記しない方が良い!)。よって、この文脈において、「顕在的」を「内省によって分かる事」として扱う事よりは、「直接的に人が表明するもの」とした方が適切だと考えられます。

また、unconscious bias を語る文脈で、社会によってバイアスとされる事に気づいている・いないを、意識・無意識と分類する事は理解不能です。Unconscious bias とは、その存在を内的に保持している事に気づけない性質のものに対しての用語なのです(https://www.socialpsychology.jp/wp-content/uploads/kaiho230.pdf)。

終わりに 
以上、「無意識の思い込み」という用語の曖昧性、implicit bias と unconscious bias は学術的には同義とするのが主流であるという事、implicit bias(潜在的バイアス)を「差別的なバイアス」と訳す事は不適切である事、「Conscious/Unconscious」と「Explicit/Implicit」の2軸による整理は不自然であり混乱をもたらすという事、アンコンシャス・バイアスという文脈で「社会によってバイアスとされることに気づいている、気づいていない」は「意識、無意識」に分類されない、という事を述べました。

彼らの声明からは、その理解や定義に多くの問題がある事が分かります。今後も、社会に対して上記を丁寧に説明していく事が必要です。

注1:
2023年11月3日版のCambridge の辞書には implicit に以下の定義が追加され、今現在2025/7/24のものと同じになっています。

 「誰かが感じたり、本人が気づかないうちに影響を与えたりすること。
・この実験は、潜在的な人種的偏見を測定するために設計されました。
・平等主義的な意図だけでは、潜在的な態度の影響から身を守るのに十分ではありません。」(Google 翻訳)

 "measure implicit racial bias" とあるので、これは IAT (Implicit Association Test) 等で計測される潜在的バイアス(implicit bias)を意識した implicit の定義だと考えられます。潜在的バイアスは、対象によって implicit racial bias や implicit gender bias のように使われるからです。 

つまりStormら(2023)が上記では無くもう一方の "suggested but not communicated directory" を用いたという事は、心理学上の定義とは異なる一般用語の定義を用いているのだ、という事が分かります。

追記:
2025/7/24 言い回しなど修正。
2025/7/27 Cambridgeの辞書の一般用語のimplicitをStormら(2023)が用いた証左を注釈部分を追記、画像を元の大きさに、アメリカ心理学会のデータベースの調査の記事への言及等、更新。

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