内閣府男女共同参画局の注釈について、考える

令和3年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究 | 内閣府男女共同参画局

令和4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究 | 内閣府男女共同参画局

上記リンクは、日本アンコンシャス・バイアス研究会: 「アンコンシャス バイアス」で検索したサイトについて、論じてみるで言及した内閣府の「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」のものですが、現在は以下の注釈が付け加えられています。 

この新たに加えられた注釈では、ダブルクオーテーションで“偏見”と強調されています。しかし、「アンコンシャス・バイアス(Unconscious bias)」は「潜在的バイアス(Implicit bias)」の意とする立場からは、「アンコンシャス・バイアスは潜在連合テスト(implicit association test: IAT)などによって、個人の概念間の潜在的な連合の程度や“偏見”が測定されるものとされています。」の文言における"偏見"は修正が必要です。

潜在的バイアスの提唱者ら、現在ハーバード大学教授である Mahzarin R. Banaji とワシントン大学教授である Anthony G. Greenwald は、その著書『心の中のブラインド・スポット 善良な人々に潜む非意識のバイアス』(p85~p94)(原題”BLINDSPOT Hidden Biases of Good People”(p46-52))で、潜在的バイアスは偏見には当たらない、と10ページに渡り論拠と共に述べています。

潜在連合テストが受験出来るハーバード大学のサイトでも、以下のように述べられています。

「学術心理学者の多くは、社会集団に対して否定的な態度を報告する人々を「偏見」と表現します。この定義によれば、あるグループに対して潜在的な選好を示すことは、その人が偏見を持っていることを意味しません。この選好を示す人の中には、偏見的な態度を報告する人もいれば、そうでない人もいます。要点は、IATImplicit Association Test)は明示的または自己報告の測定ではないため、その人が偏見を持っているかどうかを示すことはできないということです。」

(Frequently Asked Questions, Copilot訳。「好意」を「選好」に、「暗黙の」を「潜在的な」に筆者が編集。) 

原文:

Most academic psychologists use the word ‘prejudice’ to describe people who report negative attitudes toward a social group. By this definition, showing an implicit preference for one group over another does not mean that a person is prejudiced. Some people who show this preference would also report prejudiced attitudes, while others would not. The point is that the IAT cannot indicate whether a person is or is not prejudiced because it is not an explicit or self-report measure.

Banaji教授は、繰り返し様々な媒体(例:アメリカ心理学会のポッドキャスト;Can we unlearn implicit biases? With Mahzarin Banaji, PhD)で「潜在的バイアスは偏見ではない」と強調しています。

関連記事もお読みください。→ 日本アンコンシャス・バイアス研究会: 潜在的バイアスと、偏見:「無意識の偏見」という訳について

よって、この文脈で偏見を使用するのは誤解を招くため修正する必要があると考えます。

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また、潜在的バイアスの提唱者の一人でもある Greenwald 教授が著者に名を連ねる著名な論文(1)では「潜在的態度」と「潜在的ステレオタイプ」によって説明されている潜在的バイアスですが、この注釈では意図してか「潜在的態度」については触れられていません。上記のように、仮にこの注釈の作者が現代社会の問題と絡め「偏見」という用語を(潜在的バイアスは偏見ではありませんが、偏見に繋がり得ると)使用したいならば、「態度」について言及しない事は不可解です。

参考までに、IATが「潜在的態度」や「潜在的ステレオタイプ」を測定する事を説明した関連記事をお読みください。→ 日本アンコンシャス・バイアス研究会: アンコンシャス・バイアス(潜在的バイアス)を測るテスト、IAT 

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さらに、「内閣府が行った調査は、必ずしも心理学の学術上用いられるアンコンシャス・バイアスを調査したものではないことに留意ください。」とありますが、「必ずしも」は不要です。この調査は、心理学上の潜在的バイアス(アンコンシャス・バイアス)の調査ではありません。これは被験者から報告される、明らかに顕在的なものです。

なお、挙げられている本「新版 ジェンダーの心理学 「男女」の思いこみを科学する」では、「アンコンシャス・バイアス」という用語のみを採用し、「潜在的バイアス」という用語は使われていません。注釈の書き方だと、この本が「潜在的バイアス」が「アンコンシャス・バイアス」と同義であると述べている様ですが、それは異なります。それを日本語で論拠と共に明確に述べたのは、寡聞ですがこのブログが最初だと思います(追記 2025/1/11

)。

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2025/2/15 時点では、以下の注釈になっています。「"偏見"が測定される」といった文言が削除されました。

しかし今更ですが、「新版 ジェンダーの心理学「男女」の思いこみを科学する」の「統制的、意識的、顕在的情報処理だけでなく、自動的、無意識的、潜在的情報処理を行っており」記載は、心理学のデュアルプロセス理論(Dual process theory, 参考:Dual process theory - Wikipedia) についてであり、そうならば原典を引用するべきではないかと考えます。

ちなみに、この本では「アンコンシャス・バイアス、つまり無意識の偏見」との記載があるのですが、冒頭で述べたようにアンコンシャス・バイアス(潜在的バイアス)についての文脈で「バイアス」を「偏見」と訳すのは不適切だと考えます。

(注1)Google Scholarimplicit bias と検索た結果上位100件を、被引用数/(発表からの年数)の値が大きいものから並べたときの上位のものより。

Greenwald, A., & Krieger, L. (2006). Implicit Bias: Scientific Foundations. California Law Review 94(4):945.  doi:10.2307/20439056.

Kang, J., Bennett, J., Carbado, D., Casey, P., Dasgupta, N., Faigman, D., Godsil, R., Greenwald, A., Levinson, J., & Mnookin, J. (2011). Implicit Bias in the Courtroom. 59 UCLA L. Rev. 1124. 

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