潜在的バイアスと、偏見:「無意識の偏見」という訳について

 「潜在的バイアス」の提唱者、バナージとグリーンワルドは2009年、潜在的バイアスと人種差別的な行動についての184件の論文に対しメタ分析という統計手法を用い、人種IATが人種差別的行動を予測する事を明らかにしました。この論文が出版された後の研究でも同様の結論が支持されています。

 しかし、人種IATの結果は偏見を意味しない、と彼らは述べています。

 心理学者にとっての偏見とは一般に、所属集団の属性(性別、年齢、人種、国籍、職業、宗教、出身地、趣味など)に基づく他者に対する態度のことで、否定的な場合が多いとされています。狭義には、一人の人が特定の人々のグループに対して持つ明確で意識的な反感や嫌悪感を指します。

 一方人種IATが明らかにする潜在的なレベルのバイアスは、「全く人種差別や性差別とは異なるものですが、それは確かに私たちの頭の中に存在する関連性の証拠であり、(…)それを偏見の根源と呼ぶ」ものです。

 つまり上記「人種IATが人種差別的行動を予測することが明確に示された」論文での人種差別的行動とは「異人種間インタビューでの社交的行動、心臓病患者に対する医者の治療提案、就職活動場面における就職志望者への評価」といったものであり、通常偏見の特徴としてとらえられるような否定的・敵意的行動ではなかったのです。

 バナージらの主張に沿うならば Implicit Bias の Bias を「偏見」と訳すことは誤解を招くと考えます。「偏見」は言葉として否定的な意味で使われる事が多く、Implicit Bias という用語に対し必要以上に負の印象を与える可能性があります。Implicit Biasは、肯定的なものに対しても測定されます。よって「偏見」という用語は採用しない方が無難だと考えます。Bias には「傾向」といった意味もあるので、英語の響きのまま「バイアス」とするのが良いと思います。

 アンコンシャス・バイアスについても、同様の理由で「無意識の偏見」と訳さない方が良いと思います。


Generated image of "unconscious prejudice"

参考:

現代心理学辞典

心理学辞典 新版

心の中のブラインド・スポット

https://www.apa.org/news/podcasts/speaking-of-psychology/implicit-biases

Comments