心理学の辞典にはない「アンコンシャス・バイアス」と、独自解釈ならば問題なし?

「誠心 心理学辞典 新版」、「有斐閣 現代心理学辞典」、「心理学総合辞典 朝倉書店」

上記の日本の辞典では、「アンコンシャス・バイアス」「無意識の思い込み」「無意識の偏見」といった用語は記載されていません。

日本では、Implicit bias (潜在的バイアス)の研究を一般社会に導入する際、二つの合理性のない選択がされました。1つは、Unconscious bias (アンコンシャス・バイアス、無意識のバイアス)という用語の使用です。もう1つは、「無意識の思い込み」「無意識の偏見」といった独自の意訳です。

日本アンコンシャス・バイアス研究会: アメリカ心理学会のデータベースで調べてみたで見たように、Implicit Bias が アメリカ心理学会では主に使われ、同じ用法ですが Unconscious Bias が使われるのは稀です。

アメリカ心理学会の心理学用語索引類語辞典にも、Unconscious Bias はありません(下図はクリックで拡大します。注1)。

にもかかわらず、Unconscious Bias(アンコンシャス・バイアス、無意識のバイアス)という用語が選ばれたことにより、日本語の「無意識」が持つ「自覚のない」「意図せず」といった日常的な意味が影響し、「何となくの言動が現代の社会的規範に照らして偏っていることがアンコンシャス・バイアスである」といった独自の定義が形成された可能性が高いと考えられます。

また、アンコンシャス・バイアス(潜在的バイアス)はバイアスの総称ではなく、「無意識の思い込み」という独自解釈は、不適切です(日本アンコンシャス・バイアス研究会: 日本での誤用:その他、独特の解釈)。この「無意識の思い込み」という日本語は「何となくの思い込み」と解釈され、結果として「文化」や「個人差」などで説明されてきた概念や、様々な「認知バイアス」も含まれるようになった可能性があります。

さらに、アンコンシャス・バイアス(潜在的バイアス)は「無意識の偏見」と訳す事は不適切だと考えます(日本アンコンシャス・バイアス研究会: 内閣府男女共同参画局の注釈について、考える日本アンコンシャス・バイアス研究会: 潜在的バイアスと、偏見:「無意識の偏見」という訳について)。

先に述べたように、この2重の罠に、日本は嵌ってしまっています。つまり使用法が極まれな用語「アンコンシャス・バイアス」を採用した事、そしてそれを「無意識の思い込み」「無意識の偏見」等と訳した事です。そしてそれが広まった理由として、権威バイアスによる「知名度のあるコンサルタントの言うことなら間違いないだろう」「政府機関のサイトに記載されているから信頼できる」といった誤った信頼が生じた事が考えられます。

Unconscious bias は英語の用語です。したがって、国や組織が導入する際には、少なくとも英語で検索を行い、複数の出典や背景を確認すべきでした。日本における定義とは明らかに異なる情報が多く見つかるはずです。日本の多くの組織において、このような用語の検証体制が欠如していることは、今後改善が求められる点です。

コンサルタントによる独自の定義にはどのような問題があるのでしょうか。

第一に、彼らが学術的にも国際的にも主流である「潜在的バイアス(Implicit Bias)」という用語を使用しなかった理由を説明していない点です。Unconscious Bias は、確かに稀ではありますが査読付きの学術誌に掲載される論文で使用されることがあり、その用法は潜在的バイアスと同じです。したがって、アンコンシャス・バイアスに関する議論の中で潜在的バイアスという用語に言及しないことは、知識不足であるか、もしくは何らかの意図的なものがあると思われます。それは知識を展開する側として不適格もしくは不誠実だと思います。

第二に、彼らがこの独自の定義を公表していない点です。それは学術的なものとは異なる、と断らない事は、誤解を与える無責任な行為です。例えば、一般社団法人アンコンシャス・バイアス研究所の守屋智敬氏の著書『あなたのチームがうまくいかないのは「無意識」の思いこみのせいです』では、Google や Johnson & Johnson といった企業名を挙げ、著書がそれらの企業もしくはそれら企業の研修内容と関連しているかのように示唆しています。しかし、もしこれが独自の定義であるならば、企業名を借りた宣伝行為にあたる可能性があり、消費者に誤解を与えるとして景品表示法に抵触する可能性があります。

ちなみに国立国会図書館での調査の結果、この本で初めて「無意識の思い込み」という表現がアンコンシャス・バイアスに関する文脈で使用されました。この本は誤用の発信源の1つです。

この誤った定義により、本来の研究とは異なる課題設定がされているのが現状です。日本で実施されているのは従来からの意識啓発であり、この世界的な注目を集めた研究は目を逸らされ続けています。


注1:2025/6/21現在、この類語辞典は使用出来ないようです。また、アメリカ心理学会の辞書(APA Dictionary of Psychology)には「潜在的バイアス(implicit bias)」も「アンコンシャス・バイアス(unconscious bias)」もありません。十分な保守管理がされていないのかも知れません。

2025/6/27 「日本で実施されているのは従来からの意識啓発であり、この世界的な注目を集めた研究は目を逸らされ続けています。」文言追記。

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