潜在(Implicit)という用語:本当は併記しない方が良い!


エドゥアール・クラパレード:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=60827079

 新しい事が覚えられない健忘症について、クラパレード(Claparede)が報告しているものを紹介します。毎朝、クラパレードは健忘症の患者を訪問し、その患者から毎回自己紹介されていました。ある日、クラパレードは手にピンを隠し持って患者と握手し、刺して患者を驚かせました。翌日、クラパレードが握手しようとすると、患者はその手を避けたのです。しかし、患者はその行為と前日の出来事とを結びつける事はできませんでした。クラパレードは、患者のその行為は患者の意識的・心理的な自己から分離された記憶の指標である、と説明しています。この記憶は "Implicit Memory" と呼ばれ、日本語では「潜在記憶」という心理学用語となっています。

 つまり記憶は、その性質によって潜在記憶と顕在記憶(Implicit memory, Explicit memory)に分類されます。そしてそのImplicit, Explicitという分類は、概念的というよりは研究の経験に基づいた意味によるものです。つまりImplicitは間接的に、Explicitは直接的に計測される結果に対して使用される用語です。しかし、潜在的な(Implicit)測定がすなわち無意識の(Unconscious)測定ではなく、顕在的 な(Explicit)測定がすなわち意識の(Conscious)測定ではないとされています。つまり、直接的・間接的のいずれの測定にも、意識的・無意識的プロセスの混在がある事を示されているのです。

 潜在的バイアス(アンコンシャス・バイアス)提唱者のグリーンワルドとバナージは、会議や学術集会を通じ、このような研究初期の記憶について触れていました。そしてグリーンワルドらは、間接的にステレオタイプや態度等を測るテストを、Implicit Association Test(潜在連合テスト)と名付けています。

 もし彼らの名づけの由来に沿うならば、Implicit Bias(潜在的バイアス)はUnconscious Bias(アンコンシャス・バイアス)と併記しない方が、そしてIATで計測されるような潜在的なステレオタイプや潜在的な態度はImplicit Bias(潜在的バイアス)という用語を使用する事が、望ましいと考えられます。


参考:

https://banaji.sites.fas.harvard.edu/research/publications/articles/2017_Greenwald_AP.pdf

https://www.larryjacoby.ca/images/a process dissociation framework.pdf

誠信書房「誠信 心理学辞典(新版)」2023年6月30日

有斐閣「現代心理学辞典」2021年2月25日

朝倉書店「心理学総合辞典」2007年2月25日


(2025/03/18)クラパレードについて追記。「直接的および間接的な測定の両方が意識的および無意識的な精神プロセスの影響を組み合わせると仮定する必要がある、との研究結果が提出されています。」は分かりにくいので削除。

(2026/07/19)「つまり、直接的・間接的のいずれの測定にも、意識的・無意識的プロセスの混在がある事を示されているのです。」文言追加。

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