論文、一般的書を含む公開データで見る、アンコンシャス・バイアス < 潜在的バイアス

  学会では、用語の使用頻度はアンコンシャス・バイアス < 潜在的バイアスでした。では、一般的な書を含む調査ではどうなっているでしょうか。

 まず、学術的に "unconscious cognition(無意識的認知)" という用語は "implicit cognition(潜在的認知)" という用語に取って代わられた為、それを確認しました。そして、その後 "unconscious bias(アンコンシャス・バイアス)" と "implicit bias(潜在的バイアス)" について確認しました。

 ツールは、Google Books Ngram Viewerです。Google Books Ngram Viewerは、入力したNgramが、書籍のコーパス(自然言語処理のために収集・整理された大規模なテキストデータ)に対し、選択した年間どれだけ出現したかを表示します。Ngramとは、文章や音声の中で連続するN個のアイテムの並びのことで、例えば”kindergarten”だったら1-gram, “nursery school”だったら2-gramです。

 具体的に見ていきます。

 下図は、”implicit cognition” と “unconscious cognition”について検索した結果です。縦軸は、Googleによりデジタル化され、米国で1800-2022年の間に出版され、英語で書かれた書籍に現れる2-gramのうち、この二つの検索語が現れるそれぞれの割合を示しています。大文字と小文字は区別しない設定にしています。文字が小さいですが、青色がimplicit cognition, 赤色がunconscious cognitionのデータを表しています。縦の破線が、2000年を表しています。

 1990年代にUnconscious CognitionよりもImplicit Cognitionの使用頻度が高くなっているのが確認できます。これは先ほどのグリーンワルドとバナージの記述にあった科学的心理学での動向を受けていると考えられます。そして、2000年以降にどちらも使用頻度が増えていっていますが、2022年のデータでは、Implicit CognitionはUnconscious Cognitionの約4倍多く使われています。ちなみに1870-1890年にかけてUnconscious Cognition の値が上がっていますが、その理由は現時点では分かっていません(フロイトの著作より少し早い時期です)。

 上記のグラフに、”implicit bias”, “unconscious bias”を加えた結果が以下になります(2024/9/8)。緑色が”implicit bias”, 黄色が”unconscious bias”です。どちらも2000年以降に使用頻度が上がり、2010年以降は急激に上がっています。2022年のデータでは、Implicit BiasはUnconscious Biasの約1.6倍多く使われています。Implicit Bias, Unconscious Biasは、Implicit Cognition, Unconscious Cognitionよりも使用頻度が高いことが分かります。


 次に、Google Scholarで検索される文献の被引用数と発表年から、それらの用語を使った学術界の文献が、それぞれどのくらい影響力を持っているのか、確認してみました。
 Google Scholarで”implicit bias”, ”unconscious bias”, “implicit cognition”, “unconscious cognition”とそれぞれ検索しヒットした上位100件を、影響力の一つの指標(被引用数 / 発表時からの年数)の値で並び替えてみました(2024/8/17)。Google Scholarでは、大文字と小文字は区別しません。それを描画したものが以下になります。縦軸は、対数にしていることに注意してください。このグラフから、Implicit Cognition, Implicit Biasでヒットする論文の持つ影響力の方が、Unconscious Cognition, Unconscious Biasのものよりも大きいといえます。



 この中で(被引用数/発表からの年数)の値が突出している上位二つの論文は、Implicit Cognitionで検索されたものです。これらが、先に述べた、グリーンワルドとバナージが1995年に、グリーンワルドらが1998年に、それぞれ発表した論文です。縦軸は対数であり、上位にある論文の影響は文字通り桁違いに大きいものです。これらの論文により、1990年代に”unconscious”という用語は”implicit”という用語に取って代わられた可能性が高いと考えられます。
 以下は、上記100件を発表年と被引用数を軸に描画したものです。こちらも縦軸は対数になっていることに注意してください。Implicit Cognition, Unconscious Cognitionの検索結果は1980年代から近年まで見られますが、Implicit Bias, Unconscious Biasのものは1999年より以前のものは見られません。どちらもImplicitの方がUnconsciousに比べ、より多くの被引用数を持つ文献で使われている事が分かります。



 これまで見て来たデータから、Implicit Cognition, Unconscious Cognition が使われ出し、次いで Implicit Bias, Unconscious Bias が使われ出したという事が分かります。そして現在までの使用量(期間と使用頻度、もしくは期間と被引用数のグラフから推定)は、Implicit Cognition, Implicit Bias の方が Unconscious Cognition, Unconscious Biasより多い印象です。
 Unconscious Bias, Implicit Biasの被引用数/発表からの年数の上位10件(付録参照)の定義を抜き出しChatGPTで要約、Copilotで翻訳した結果が以下になります(注意:Implicit Biasの結果にあった、深層学習や機械学習に関するもの2つは省きました)。
アンコンシャス・バイアスとは、無意識のうちに私たちの認識、判断、行動に影響を与える自動的で意図しない態度やステレオタイプのことを指します。これらのバイアスは好意的である場合もあれば、否定的である場合もあり、意思決定や対人関係、全体的な行動に影響を与えます。これらは過去の経験や社会的な影響によって形成され、個人やグループの認識に影響を与え、しばしば私たちの明示的な信念や価値観と矛盾する判断を引き起こします。
潜在的バイアスとは、無意識のうちに私たちの認識、判断、行動に影響を与える態度やステレオタイプのことを指します。これらのバイアスは、他者との解釈や相互作用に影響を与え、しばしば私たちの明示的な信念や意図とは異なる行動を引き起こします。例えば、潜在的バイアスは、アイコンタクトや身体的な距離感といった非言語的な行動や、意思決定プロセスに現れることがあります。医療の現場では、提供者が特定の人種や民族グループに対して無意識に否定的なバイアスを持ち、それが平等への意識的な取り組みにもかかわらず、臨床的な判断に影響を与えることがあります。(「暗黙の」を「潜在的」に筆者が変更)

 これは乱暴な方法ですが、Google Scholarで検索された影響力の勢いがあると考えられる文献では、アンコンシャス・バイアスと潜在的バイアスは同義とされているのではないか、と仮説を立てることが出来ると思います。

 各解釈を個別に確認したところ、一件の論文でApophenia(無関係なものの間に意味のある関連性を見出す傾向)が unconscious biasとして挙げられていました。しかしその他の文献はそれぞれ上記に概ね良くまとめられている、と筆者は考えています。

 これまでのアメリカ心理学会のデータベースや公開データでの調査からは、アンコンシャス・バイアスと潜在的バイアスは同じ意味で使われているため、併記される事があるのだろうと考えられます。また、アンコンシャス・バイアスより潜在的バイアスの方主流であることが判明しました。

 参考までに、”アンコンシャス バイアス”という日本語をGoogle Scholarの検索語として同様の確認を行ったのですが、被引用数/発表からの年数の値は5件で1、残りの95件はゼロでした。アンコンシャス・バイアスについて日本語で書かれ、かつ良く引用され影響力のある文献の数は非常に少ない事が分かります。

 これから、日本にアンコンシャス・バイアスという用語が導入された経緯などを紹介したいと思います。


2025/8/14 Google Sholar を用いて調査しているため、題名に「論文」も入れた。

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