これらについて文部科学省に問い合わせ、その見解を伺いました。それらについて論じたいと思います。論点には番号を振っています。
文部科学省の見解
1.主眼が違えば問題ない?
「「アンコンシャス・バイアス」自体に主眼が置かれていないので、学術的なものとは異なる用語の使い方があっても、咎められるような事ではない。」
→ 主眼がおかれていなければ、不適切でも良いとはなりません。これは教科書であり、学術的な質を担保する必要があります。特に、「○○を、アンコンシャスバイアスといいます。」「△△を、「無意識の思いこみ(アンコンシャスバイアス)」といいます。」と新たな用語として紹介する文脈において、その弁明は通用しないと考えます。
2.学会が見解を出していないから問題ない?
「日本の心理学会で、「アンコンシャス・バイアス」という用語への統一的な見解が無いので、学術的に不適切であるとの指摘は受けない。」
→ Unconscious bias は英語です。アメリカの心理学会(American Psychological Association)のデータベースにおける査読付き学術誌に掲載された論文では、それは implicit bias(潜在的バイアス) として用いられており(アメリカ心理学会のデータベースで調べてみた)、本件で指摘している教科書の用法は不適切なものになります。
3.監修、と書かれていれば問題ない?
「読者は、「監修・アンコンシャスバイアス研究所」と記載されていれば、この研究所の定義だと理解し、学術的なものとは思わないはずだ。」
→ そもそも、教科書の記述は学術的な質が担保されている、と多くの人が考えるのが妥当です。法人の独自定義で学術的なものと乖離があるとすれば、その旨の明記は必要だと考えます。また、教育出版の教科書には「監修・アンコンシャスバイアス研究所」との記載がありますが、東京書籍の教科書には監修者の名前は出てきません。
4.サイトに断りがある?
「一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所のサイトには、独自定義であると記載されているので、問題ない。」
→ 生徒が監修者のサイトまで行くかは分かりません。また、監修者が一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所だと記載されているのは教育出版の教科書のみです。東京書籍の方は、検索しなければ分かりません。さらに、そのサイトには独自定義であるとの記載はありません。むしろ「社会心理学、認知心理学における様々な先行研究を参考に」したと先行研究を踏襲したかのような書き方をしています。
文部科学省への要望
1.利益相反がない、かつ implicit bias / unconscious bias に詳しい教科書調査官に調査を依頼し、学術的な内容として適切かどうか検証すること。結果、不適切ならば文部科学大臣の名の下、出版社に訂正を勧告する事。
2.検定審査委員は、不明な用語は必ずその分野に詳しい者に検証させる事。心理学者ならば implicit bias / unconscious bias に詳しいとは限らない為、留意する事。
参考:
◆教科書調査官は、検定済み図書の訂正が可能
審議会委員と教科書調査官の役割や選任について:審議会委員と教科書調査官の役割や選任について:文部科学省
(mext.go.jp)
第5 検定済図書の訂正(規則第13条関係)
(1) 客観的事情の変更等に伴い学習を進める上に重大な支障となる記載や専門的な事項で重要な判断を要する記載等の訂正の承認を行おうとする場合、教科書調査官は、必要な資料を作成し、審議会に提出する。
(2) 規則第13条第4項の規定に基づき文部科学大臣が発行者に対し訂正の申請の勧告をした場合は、その結果を審議会に報告する。なお、文部科学大臣は訂正の申請の勧告を行おうとする場合、必要に応じ資料を作成し、審議会に提出する。当該資料は教科書調査官が作成する。
◆文部科学大臣も訂正を勧告可能
(検定済図書の訂正)
第14条 検定を経た図書について、誤記、誤植、脱字若しくは誤った事実の記載又は客観的事情の変更に伴い明白に誤りとなった事実の記載若しくは学習する上に支障を生ずるおそれのある記載があることを発見したときは、発行者は、文部科学大臣の承認を受け、必要な訂正を行わなければならない。
2 検定を経た図書について、前項に規定する記載を除くほか、更新を行うことが適切な事実の記載若しくは統計資料の記載又は変更を行うことが適切な体裁その他の記載(検定を経た図書の基本的な構成を変更しないものに限る。次項において同じ。)があることを発見したときは、発行者は、文部科学大臣が別に定める日以降に申請を行い、文部科学大臣の承認を受け、必要な訂正を行うことができる。
3 第1項に規定する記載の訂正が、客観的に明白な誤記、誤植若しくは脱字に係るものであって、内容の同一性を失わない範囲のものであるとき、又は前項に規定する記載の訂正が、同一性をもった資料により統計資料の記載の更新を行うもの若しくは変更を行うことが適切な体裁その他の記載の更新に係るものであって、内容の同一性を失わない範囲のものであるときは、発行者は、前2項の規定にかかわらず、文部科学大臣が別に定める日までにあらかじめ文部科学大臣へ届け出ることにより訂正を行うことができる。
4 文部科学大臣は、検定を経た図書について、第1項及び第2項に規定する記載があると認めるときは、発行者に対し、その訂正の申請を勧告することができる。
5 第3条の規定は、第1項又は第2項の承認について準用する。
2025/8/15 文言編集。「心理学者だからといって」 → 「心理学者ならば」
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