「アンコンシャス・バイアス」教科書問題について 1

道徳の教科書への掲載 

令和7年度より、中学校の道徳の教科書(東京書籍「新編 新しい道徳1」、教育出版「とびだそう未来へ 中学道徳2」)にアンコンシャス・バイアスについての内容が掲載されています。監修は、一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所です(アンコンシャスバイアス”が、令和7年度(2025年度)より中学校「道徳」教科書に掲載へ ~全国の中学生が学ぶ道徳教科書(発行7社のうち2社)に採用~ | 一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所のプレスリリース)

こちらに述べたように、この法人は学術的なものとは大きく逸脱した定義を展開しています(一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所の定義に関する声明を深掘りする)

それぞれの教科書について論じ、各出版社に対する要望を記しました。現状は、東京書籍が一部対応して下さっています。

東京書籍

東京書籍:道徳 デジタルパンフレット (meclib.jp) マウスホイールで拡大可能、ページ右側「ソーシャルスキルコラム」1年生の内容


1.      思い込みはアンコンシャス・バイアスではない

このコラムの題名は「思いこみに気づく」です。そして冒頭で「人が無意識に「こうだ。」と思いこむことを、アンコンシャスバイアス(訳して、アンコン)といいます。」と記載されています。この書き方だと「思い込み=アンコンシャス・バイアス」と読めますが、それは学術的な定義とは異なります。

2.      ステレオタイプはアンコンシャス・バイアスではない

続けて血液型や性別のステレオタイプを挙げて、その例としています。しかし、ステレオタイプとは代表例であり、人は必ずしもそれに囚われ「思いこんで」いるとは限りません。そしてステレオタイプは関連概念ではありますが、それ自体がアンコンシャス・バイアスではありません。

3.      口語的な「無意識」

この「無意識に」とは心理学における無意識ではなく、「何気なく」「特に意識せず」といった口語的な使い方だと思われます。心理学における「無意識」は通常意識され得ないものを指すからです。このように、先行して使われていた Unconscious bias という用語と異なる解釈で使用する際には、予め断る事が必要だと思います。

4. 「決めつけ」の言動とアンコンシャス・バイアス

  「アンコンは、「普通は○○だ。」「みんな○○だ。」「こうすべきだ。」「どうせ無理だ。」などの、「決めつけ」の言動に現れる傾向があります。」→ 潜在的バイアス(アンコンシャス・バイアス)は、そういった言動に注意している人や、そういった意識が無い人にも計測される事があると知られています。この書き方だと、この研究の重要な点を省いてしまっている事になります。ちなみに、上記の言動はネットミームで「主語が大きい。」「それってあなたの感想ですよね。」と否定的に捉える人が多く、既にそういった言動を抑止する社会的な共通認識が醸成されて来ていると考えられます。

5. 自分を疑わせる事

  「だれかや、何かと比べない。」「たとえ十人が同じでも、十一人目はちがうかもしれません。」→ 人が経験から学んでいく過程を、疑わせる記載となっています。これが成長期の子供達の心理にどのような影響があるのか、検証されているのでしょうか。個人的には、人の自由意志による比較や、経験から得た内面の知識も尊重される事が分かる書き方にすべきではないかと考えます。

6.謳い文句と正しさ

「自分の可能性を信じよう」「十回の結果がだめでも、十一回目はできるかも!」「今はできなくても、未来はできるかも!」→ 印象に訴える表現が用いられており、内容の正確性よりも共感性が重視されているように見受けられます。「応援のお気持ち」と、「紹介された内容の正確性」は切り分けて検討する事が重要であると、生徒に留意させる為の好例に、図らずもなってしまっているようです。

7.独自定義だと知り得えない問題

この記事を一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所が監修したとの記載は、この教科書に一切ありません。私は東京書籍と情報共有し、現在の教師用指導書には「アンコンシャス・バイアスは心理学の学術上の用語として用いているものではない」旨が掲載されています。しかし、教師が言及しなければ生徒は知り得ず、教師以外には教師用指導書は販売されていない為、保護者を含む一般にまで情報が届かない可能性が高く、より広く周知される工夫が必要と考えます。

教育出版

教育出版:内容解説資料 学道徳 (kyoiku-shuppan.co.jp) マウスホイールで拡大可能、左側「気づこう「無意識の思いこみ」」2年生の内容


 1.微妙な解釈のずれ

        「・・・髪の色と同調して目だたないように、「私」が妹に黒か茶色の補聴器を勧めます。ところが、妹に「黄色い補聴器の私を見てもらいたいの。」と言われ、ハッとする場面があります。「みんなと変わらない見た目のほうがいい」としらずしらずに思っていた「私」が、自分の思いこみに気づいた瞬間です。」→ 微妙にずれています。ハッとしたのは「障がいにこだわっていたのは私自身」という事に気づいたからです。著者は「みんなと変わらない見た目でいられる」ように勧めている事を自身で意識しており、その理由も前半部分で述べられています。

 2.「アンコンシャスバイアス」の定義を紹介

「このように「みんなと同じがいい」「普通はそうだ」とか「当然そうに決まっている」など特に意識せずに思いこんでいることを、「無意識の思いこみ(アンコンシャスバイアス)」といいます。」→ 学術的な心理学では、そのような事をアンコンシャス・バイアスとは言いません。学術的な心理学の定義とは異なるという事は書かれておらず、読者に誤解を招く記載になっています。

 3.「無意識の思いこみ」

「「無意識の思いこみ(アンコンシャスバイアス)」」→ 東京書籍の1.と同じ理由で、Unconscious bias を「無意識の思いこみ」と訳するのは不適切です。

 4.過度の簡略化

「「雪の多い地方に住んでいる人は、スキーが上手」とか、「どうせやってもできないからやらない」のようないろいろな思いこみがあります。「スイカは赤いもの」というのも思いこみです。実際には黄色いスイカもあります。」→「ステレオタイプ」「先入観」「固定観念」といった概念を全て「思いこみ」と言い換えていますが、このように概念の簡略化が行き過ぎると、読者の理解に混乱を生じる懸念があると考えます。そして、これらはアンコンシャス・バイアスではありません。

 5.「「無意識の思いこみ」の例」

「他の人に対して」:「血液型や星座で相手の性格を決めつける。」「自分は悪くないに決まっていると思うことがある。」「成績がいい○○さんの言う事はまちがいないと思う。」「周りの意見に合わせたほうがいいと思う。」

「自分に対して」:「将来○○になるのは無理だと思う。」「せっかく慣れたのに席替えは嫌だと思う。」「いつもの友達と遊びたいと思う。」「変えて失敗するよりこのままがいい。」

→ これらは当人に意識されている事です。

 6.「監修・アンコンシャスバイアス研究所」との記載

→ 教科書における「監修」には、学術的な正確性も担保されていると一般には認知されていると考えます。そのため、もし学術的な心理学とは別の独自定義であるとすれば、必ずそのように明記すべきです。

各出版社への要望

 1.教科書に、この記事の「アンコンシャス・バイアス」の定義は、一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所の独自定義であり、学術的なものとは同一ではない、と明記する事。可能ならば本来の定義についても紹介する事。

 2.誤解を招く記載の採用に至った要因を検証し再発防止策を取り、それを公表する事。


次回は、この問題について文部科学省とのやり取りした内容を記したいと思います。

202025/8/5

文部科学省とのやり取りは次回に触れる為、削除。

2025/8/7 接続詞追加など。



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