領域と地域が用語に与える影響への所感

 一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所の定義に関する声明を深掘りする

こちらで述べたように、Stormら(2023)は先行研究で用いられてきた用語である implicit/explicit bias やunconscious/conscious bias を、口語的な別義で整理しようと試みました。しかしその意義は不明であり、また、 Greenwald と Banaji (2017) によって既に用語は整理されています。

私が上記を含む一連の調査で気になっていたのは、心理学から領域として離れれば離れる程、本来の implicit bias 研究への理解も薄れるのではないか、という点です。それは、誤用が広まる下地にもなり得るからです。

Stormらを例にすると、彼らは心理学ではなく、産業分野におけるサービス、多様性、ジェンダー、ビジネス、社会科学、組織の研究などを専門としているようです。それ故、別義で整理しようとしたのではないでしょうか。

アメリカ心理学会のデータベースで調べてみた で示したように、心理学では implicit を用いるのが主流です。にもかかわらず Stormらは unconscious を論文名に用いているのも、彼らが心理学的な背景を持っていないか、直接的な implicit bias の研究者ではないからかも知れません。

参考までに、以下はStormら(2023)が挙げた学術誌のうち、私個人でアクセス可能なもの(注1)に対し bias で検索した結果の記事数を年代・分野別にグラフにしました。検索対象は全てのフィールドです。精査しておらず、不適切な使用方法等の排除はしていません。グラフはクリックで拡大します。

ここから、用語が心理学から他分野に広がって行っていると思われます。その過程で本来の定義と異なる解釈や用法が出て来た可能性があります。

また、本来の implicit bias 研究から離れて行く要因として、地理的なものも考えられます。Stormらは活動拠点をデンマークもしくはオーストリアに置いています。一方 Implicit bias の研究は米国が発祥地です。そのため、用語の使い方に地域差が出ている可能性があります。

Stormら(2023)は、 unconscious を Merriam Webster 、implicit を Cambridge と辞書を使い分けていました。そのCambridge は、おそらく Stormらの調査の後日、 Merriam Webster に遅れて implicit bias という文脈における implicit の定義を掲載しました(一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所の定義に関する声明を深掘りする の注1)。これは、イギリスに本社を置く Cambridge よりも、bias 研究の盛んなアメリカにあるMerriam Webster の方が、 早く bias の文脈での用語の定義を掲載できた、という事なのかも知れません。

調査としてはまず、全世界を対象に2004年から今現在まで、implicit bias と unconscious bias が Google でどれぐらい検索されているかを図示し見てみました。北米、カナダ等はimplicit bias が多く、ヨーロッパは unconscious bias が多い事が分かります。

次に、学術的な視点から、"implicit bias" と "unconscious bias" を、国別のドメインを指定して Google Sholar で検索し、表示される文献数を確認しました。この研究の発祥地であるアメリカと、ヨーロッパの国々で調べました。アメリカのみ、高等教育機関 (.edu)のドメインを指定しています。


ここで分かるように、アメリカは突出している事が分かります。次いで、大きく数を減らしてイギリスがあり、その他の国々はさらに少なくなっています。また、アメリカでは implicit bias が、イギリスでは unconscious bias が多く使われています。そこで、イギリスも高等教育機関に限定してみましたが、数は上図とあまり変わりませんでした。

これらから、世界的な研究の中心地であるアメリカでは implicit bias が主流であり、ヨーロッパで研究が活発なイギリスでは unconscious bias が主に使われる、という地域差がある事が分かります。

以上、潜在的バイアス(implicit bias)について、領域を超えると本来の研究理解から遠ざかる可能性と、研究の中心地からの距離が情報の時間差や地域性を生む可能性について述べ、Stormら(2023)の検討内容とGoogle, Google Scholar による検索結果を共有しました。


その他:

参考までに、Google Scholar の調査では、ヨーロッパ全体で、Implicit bias は unconscious bias に対して 86% の検索結果数でした。また、日本の高等教育機関に限定すると、unconscious bias が若干優勢で、全体の論文数はその他の国々と同様に低いものでした。

参考文献:

Storm, K. I. L., Reiss, L. K., Guenther, E. A., Clar-Novak, M., & Muhr, S. L. (2023). Unconscious bias in the HRM literature: Towards a critical-reflexive approach. Human Resource Management Review, 33(3), 1–32. https://doi.org/10.1016/j.hrmr.2023.100969


2025/8/15 読み易くする為、細かい文言追加。まとめの段落も文言追加。年別・分野別のグラフも参考までに追加。題名に「所感」追加。

2025/8/16まとめの文言等整理。

注1:



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