「大学・研究機関における男女共同参画推進と研究環境改善に向けた提言 ー日本学術会議アンケート調査結果を踏まえてー 」
上記の書類は、令和5年(2023年)8月29日付の、日本学術会議による提言書(提言:大学・研究機関における男女共同参画推進と研究環境改善に向けた提言 ー日本学術会議アンケート調査結果を踏まえてー)です。この提言書における「アンコンシャス・バイアス」の誤用について、以下の順に言及したいと思います。
1.日本学術会議について
2.個々の文言について
3.日本学術会議はその役割を果たしていない事について
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1.日本学術会議について
日本学術会議は、「内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別機関」として設立され」ています(日本学術会議とは|日本学術会議)。
職務は、以下の2つとされています。
・科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
・科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。
そして役割は、以下の4つとされています。
・政府・社会に対して日本の科学者の意見を直接提言
・市民社会との対話を通じて科学への理解を深める
・地域社会の学術振興や学協会の機能強化に貢献
・日本を代表するアカデミーとして国際学術交流を推進
2.個々の文言について
(1) 提言5について
「提言5 大学・研究機関、学協会は、不公平感の原因となっている組織内のバイアスを可視化するとともに、意思決定者を含む全構成員の意識改革を図る必要がある。すべての研究者は自己のアンコンシャス・バイアスに気づき、その解消に努めるべきである。
【調査結果】研究環境に根強いアンコンシャス・バイアスが認められ、特に女性が差別や不平等感を強く感じている。
【提案】大学・研究機関は、人事や研究評価に関わる委員会組織のジェンダー・バランスの是正や、アンコンシャス・バイアスを解消するための教育や研修を工夫し、公正かつ透明な人事選考を行う必要がある。学協会も役員構成のジェンダー・バイアスを是正し、性別・年齢等にかかわらず、多様な研究者に等しく機会を提供するよう努めるべきである。すべての研究者はジェンダー・バイアスやアンコンシャス・バイアスの弊害について認識を高めねばならない。」
→ 調査結果である研究環境に認められた根強いアンコンシャス・バイアスとは、以下を指していると思われます。
しかし「女性は研究に向かないといったアンコンシャス・バイアスが根強い。」という設問から分かるのは「偏見」「ステレオタイプ」「性別役割分担意識」といった言葉で表現されるものだと思います。アンコンシャス・バイアス(潜在的バイアス)は、注意深く設計された間接的なテスト(例. Implicit Association Test, IAT(
Project Implicit))で測定されるものです。
(2) 用語⑩「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」について
「「アンコンシャス・バイアス」(無意識の思い込み・無意識の偏見・無意識のバイア
ス・Unconscious Bias)
無意識のバイアスとは、「2002年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンによって提唱された概念で、誰もが潜在的にもっている偏見、知らないうちに脳に刻まれた固定観念である。対象は、ジェンダー・人種・宗教・民族・経験値など、多岐にわたり、採用や昇進などの人事の過程で女性やマイノリティに不利に働きがちである。
カーネマンは、人の判断と選択をシステム1(無意識的自動モード)とシステム2(意識的モード)のふたつの思考モードで説明し、外から受信する情報の大部分がシステム1で処理されるとした。
システム1は、無意識下で自動的に作動し、直感的、感情的で経験則に大きく依存し、ものごとを判断する際に安易で便利なショートカットとして働く。とっさの危険の回避に非常に有効なモードであるが、単純で一貫性(つじつまの合うストーリー)を求めるためバイアスに影響され、往々にして間違いを犯す。
システム2は、システム1から送られてきた印象、直観、意志、感触を検証し調整する能力を持つモードである。システム2は意識的な知的作業であり、システム1の判断にゴーサインを出せば印象や直感は確信に変わる。しかしシステム2は熟考、努力、注意力を要する働きであり“怠け者のコントローラー”であるため、システム1の判断の誤りを見落としがちである。
システム1によく見られる“女性の参画を妨げる無意識のバイアス”として、「ステレ オタイプ・スレット」、「属性に基づく無意識のバイアス」、「マイクロアグレッション」、 「メリトクラシー」、「偽物症候群」が挙げられている。女性の参画を推進するためには、 上記のような無意識のバイアスが存在することを学び、意識してシステム2を働かせ、こ れらの影響を最小限に抑える工夫をすることが必要である。」
(出典)男女共同参画学協会連絡会「無意識のバイアスコーナー」中の「無意識のバイア ス」から引用。https://www.djrenrakukai.org/unconsciousbias/index.html」
→「無意識のバイアスとは、「2002年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンによって提唱された概念」とありますが、 誤りです。彼は人が犯す系統的なエラーである bias について考察を深め論じましたが、それとUnconscious bias (Implicit bias)は別物です。また彼は Unconscious bias という用語を私の知る限り使っていません。さらに、アメリカ心理学のデータベースにおける調査では、Unconscious bias という用語の使用は稀で、同じ意味のImplicit bias が主流です。そして Implicit bias の提唱者はM. R. BanajiとA. G. Greenwaldです。
(3) 用語㉘内閣府男女共同参画局「令和4年度:性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」について
→ この提言書では内閣府男女共同参画局の調査結果について何の指摘もせずに受け入れていますが、内閣府男女共同参画局のサイトには「内閣府が行った調査は、必ずしも心理学の学術上用いられるアンコンシャス・バイアス/潜在的バイアスを調査したものではないことに留意ください。」と注釈が入っています(
令和4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究 | 内閣府男女共同参画局)。この注釈には私も関わり、2024年末から2025年始にかけて作成されたものですが、「必ずしも」という文言は内閣府男女共同参画局の都合によって入れられたもので、実際には心理学の学術上用いられるようなものでは「決して」ありません。一方、日本学術会議の提案書は2023年に公にされており、彼らは学術的な論拠に基づいていない情報をそのまま引用しています。
3.日本学術会議はその役割を果たしていない事について
上記に述べたように、日本学術会議は「アンコンシャス・バイアス(潜在的バイアス)」に関し、学術的に誤った知識を展開しています。そして、その役割である「政府・社会に対して日本の科学者の意見を直接提言」の品質を十分に担保出来ていません。その原因は、この定義の出典として挙げられている男女共同参画学協会連絡会による記載や内閣府男女共同参画局が学術的には誤った調査研究の内容を、信じたからだと思われます。つまり、この報告書に関わった方々の中には Implicit bias (Unconscious bias) への造詣が深い方はいなかったようです。これは、ある分野での専門性や権威をもとに、自分が専門外の領域についても十分な知識があると過信し発信してしまった結果ではないでしょうか。
とは言え、仮に「アンコンシャス・バイアス」の定義を「偏見」「ステレオタイプ」「性別役割分担意識」といった事だとすると、彼らの提言は意義のあるものではないかと考えています。
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以上、日本学術会議について説明し、その提言書のアンコンシャス・バイアス(潜在的バイアス)に関わる部分について指摘し、日本学術会議がその役割を果たしていない事について述べました。
今後は、日本学術会議へも働きかけて行きたいと思っています。
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