“National differences in gender–science stereotypes predict national sex differences in science and math achievement” という2009年に発表された論文を紹介したいと思います。筆頭著者は潜在的バイアス研究者のBrian A. Nosekで, またM. R. Banaji, A. G. Greenwald も参加しています。
上図は、x軸は「男性と科学、女性とリベラルアーツ」というIAT(Implicit Association Test, 潜在連合テスト、(参考)アンコンシャス・バイアス(潜在的バイアス)を測るテスト、IAT)で測定された潜在的連合のスコア、y軸は2003年に実施されたTIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study, 国際数学・理科教育動向調査)というテストの中学2年生の理科の男子生徒平均得点から女子生徒の平均得点を引いたものです。x軸の値は、0だと潜在的バイアス(今回は潜在的ステレオタイプ)が無く、正の値が大きくなる程「男性と科学、女性とリベラルアーツ」という潜在的連合が強く、負の値が大きくなる程「男性とリベラルアーツ、女性と科学」という潜在的連合が強い、という意味になります。これらの軸に対し、国別にプロットしています。
結果、潜在的ステレオタイプと男女の理科の得点差の相関係数は、中程度から強い正の相関を示し、その相関は統計的に有意なものでした。さらに、共変量(注1)を追加した回帰モデルを用いても、潜在的ステレオタイプは有意な予測因子であり続けた一方で、追加された共変量のいずれも有意な予測因子とはなりませんでした。また、数学でも同様に潜在的ステレオタイプと男女の得点差の相関は統計的に有意であり、回帰モデルにおいても潜在的ステレオタイプは数学における性差の有意かつ独立した予測因子であることが示されました。
彼らは、「もし、潜在的ジェンダー・ステレオタイプと科学分野における性差(関心・参加・成績など)が相互に強化し合う関係にあるとすれば、その両方に同時に取り組む国家的政策こそが、国全体の科学的成果を最大化する最善の方法となるでしょう。」と述べています(ChatGPT訳)。
上記は、日本でも検討に値する研究成果だと思います。
日本で少子化の進む一方で科学分野の人材強化が必要ならば、女性をその分野に引き込むことが一つの方法だと思われるからです。
そこで、まずは日本における「男性と科学、女性とリベラルアーツ」IAT結果を調べてみました。IATのデータは Open Science Framework (OSF)で公開されています。以下は、2009年、2012年、2015年、2018年のデータです。
上記から、日本ではこれらの期間に渡って「男性と科学、女性とリベラルアーツ」という潜在的ステレオタイプがある事が分かります。また、標本数が年を追って増えている事も分かります(これはこのIATの日本での認知度が上がっている事を表していると思います)。そして、潜在的ステレオタイプの値の平均は年を追うごとに減ってきているようにも見えます。
ところで、以下は理工系分野における女性研究者の割合です。
上記の資料によると、理工系分野における女性研究者の割合は日本でも少しずつ増えて来ているようです。そして、潜在的バイアスの先行研究からはロールモデルの存在によって潜在的バイアスが減少する事が知られています。これらのことから、理工系の女性研究者が少しずつ増える事によって、それが後輩たちのロールモデルとなり、結果的に潜在的バイアスの値が減り(そしておそらく意識的にも変化があると思われ)、さらに理工系女性が増えていっている、という循環が起きていると考えられます。
潜在的バイアスを減じる研究は、ロールモデル以外にも様々な検討がされています。
今後はこういった視点から男女共同参画や理工系の人材育成について考察する事で、潜在的バイアス研究の成果が意味のある形で社会に還流するのではないか、と考えています。
(注1)
1. TIMSS 2003の8年生理科の平均得点
2. 明示的(自己申告による)科学およびリベラルアーツのステレオタイプの平均
3. 潜在的ステレオタイプと明示的ステレオタイプの相関
4. IATトライアルにおけるタスクの反応条件ごとの平均反応時間
5. IATサンプルにおける男性の割合
6. IATサンプルの平均年齢
7. 各国の国内総生産(GDP)
8. ジェンダー・ギャップ・インデックス(GGI)
参考:
引用:
Nosek BA, Smyth FL, Sriram N, Lindner NM, Devos T, Ayala A, Bar-Anan Y, Bergh R, Cai H, Gonsalkorale K, Kesebir S, Maliszewski N, Neto F, Olli E, Park J, Schnabel K, Shiomura K, Tulbure BT, Wiers RW, Somogyi M, Akrami N, Ekehammar B, Vianello M, Banaji MR, Greenwald AG. National differences in gender-science stereotypes predict national sex differences in science and math achievement. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Jun 30;106(26):10593-7. doi: 10.1073/pnas.0809921106. Epub 2009 Jun 22. PMID: 19549876; PMCID: PMC2705538.
2025/9/21 OSFについて記載。
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